Stars Road

北斗七星は、天と地と人をつなぐ

16.天の磐船と黄道の極み

【2018.3.18の記事】

 

 こちらの記事の続きです。

stars-road.hatenablog.com

 

歳差運動により26000年かけて1周する天の北極の

移動する軌跡はこう↓で、

 

国立科学博物館HPよりお借りしました。

 

 

 

北極星が京都の六角堂(のへそ石)で、

歳差運動によって13000年後に北極星になるベガ(織姫星)を棚機神社とした時の、それぞれの位置関係はこう↓

 

 

 

歳差運動による天の動きは円(歳差円)を描くから、

 

ほぼ正反対に位置する北極星(六角堂)とベガ(棚機神社)の位置がわかったら、

中心点の位置もわかるわけです。

 

 

 

その中心点とは、上の1つめのイメージで黄道の極」と書いてある場所のこと。

 

 

ちなみに、「黄道の極」が何かというと、

太陽の通り道「黄道」を基準にした座標系「黄道座標系」で地球を表したときの

北極が北半球の「黄道の極」になるのだそう。。。。

 

 

んーー難しい!

わたしの説明には限界がw

 

こちらのページの「黄道座標系」の部分にわかりやすく書いてあるので

詳しくはこちらで^ ^

 

 

 

難しいことはさておき、

とにかく、歳差円の中心、黄道の極を探しましょうー!

 

ということで、地図を見てみたところ。。。。

 

 

 

 

 

あったんです。

 

ここしかないでしょう!

 

という場所が。

 

 

 

 

 

それは・・・

 

 

 

 

 

 

 

磐船神社

 

磐船神社の拝殿と「天の磐船」(御神体

 wikipediaよりお借りしました。

 

 

 

磐船神社といえば、ニギハヤヒの降臨伝説!

 

 

 

ニギハヤヒは、写真にある「天の磐船」といわれる巨大な船の形をした磐座(いわくら)に乗り、この地に降り立ったと言われており・・

 

 

磐船神社の創始の由来にはこう↓記されている。

 

磐船神社HP より抜粋

古代からの日本人の巨石信仰にも思いを馳せると、

天の磐船は古代の人々にとってまさに天から神様の降臨される乗り物であり、その磐船のある場所は神様の降臨される聖域でありました。

そしてこの地に出現された饒速日命ニギハヤヒ)はまさに天から降臨された神様であり、長髓彦などの豪族たちをはじめ、

大和の人々から天神(あまつかみ)として崇敬を集めたのであり、命のお伝えになられた文化が大和河内地方を発展させたものと思われます。

そして当社は、天神として初めて大和河内地方に降臨された饒速日命ニギハヤヒ)の天降りの地として信仰されてきました。

 

 

ニギハヤヒといえば、籠神社で受けたメッセージを思い出す。

 

それに磐座。

 

これまでと同じキーワードが、ここでも出てきた。

 

 

 

 

北極星(六角堂)、ベガ(棚機神社)、黄道の極(磐船神社)の位置関係を

地図上で見て見ると、こんな感じ↓

 

磐船神社と六角堂、棚機神社までの距離は約30㎞。

 

 

つまり半径30㎞の円になるわけです。

 

 

実際にどうなるか、歳差運動の軌跡(歳差円)を書いてみると

こう↓なる

 

 

円を書いてみて、ドキッとした。

 

 

なぜ、かつて日本の中心は奈良や京都だったんだろう?って。

昔からずっと不思議だったんだよね。

 

 

なんだか、

その問いの答えが見えてきたんじゃないだろうか。

 

そんな気がしてきたような。。。。

 

 

 

 

 

 

そして、さらに。

 

磐船神社のすぐ近くには、「君の名は。」でも有名になった「星田妙見宮」がある。

 

星田妙見宮といえば、空海、北辰信仰(北辰=北極星)とゆかりがあり、

日本の七夕伝説発祥の地と言われ、

隕石が落ちた伝説に、

君の名は。」のモデルになった場所という説もあり

 

 

ああ、これまでのキーワードが盛りだくさん(・_・;)

 

 

それに、なんとも、星田妙見宮の縁記が興味深いのです。

 

 

星田妙見宮HPより抜粋

 

当宮の縁起によりますと平安時代嵯峨天皇弘仁年間(810~823年)に弘法大師空海)が交野へ来られた折、獅子窟寺吉祥院の獅子の洞窟に入り、佛眼仏母尊の秘法を唱えられると、天上より七曜の星(北斗七星)が降り、それらの星が3ヶ所に分かれて地上に落ちたと言います。

この時よりここに[三光清岩正身の妙見]として祀られるようになったと言われています。

七曜の星が地上に落ちた場所大阪府交野市星田の高岡山の南にある星の森、光林寺の境内の森、そしてもうひとつが星田妙見宮が鎮座する妙見山です。この3ヶ所の1辺が八丁(872メートル)あったことから「八丁三所(はっちょうみどころ)」と言われるようになりました。

以来、これらの石を影向石(ようごうせき)として祭ることになったと言われています。

 

(影向石(ようごうせき):神が降臨する際に御座(みくら)とするといわれている石。)

 

空海が北辰(北極星)を星田妙見宮で祀り、さらに桓武天皇の皇子である嵯峨天皇淳和天皇がたて続けに星田妙見宮へ行幸した記録が、当社縁起に残っています。

 

 

 

 

星田妙見宮と磐船神社の由来とをセットで見ると、

 

 

2社のある交野の地は、

 

岩(巨石)や石を通して天や星と強くつながっている場所であり、

 

古代から幾重にも信仰を重ねたり、付け加えられたりしながら

 

長い年月大事に守られてきた場所なんだなあと感じる。

 

 

 

その中でも空海は、この場所の重要さをよく知っていて、

後世まで残るようにと強く願ったんじゃないだろうか。

 

 

だから磐船神社の近く、

あえてこの場所に、北辰(北極星)信仰の場所を作り、行幸の地とした。

 

しかも、その場所に七夕伝説をくっつけているところがミソで。

 

さらには、後世の人が「歳差運動」と「ベガが北極星になる時」に着目するよう

ヒントも付け足した。

 

 

 

 

空海は、歳差運動や大地に星が描かれていたことを

 

やっぱり知っていたんだろうなあ。。

 

 

 

そんな妄想が止まりません。

 

 

 

 

 

 

こうなったら空海の残したヒントに従って、次に進もう!

 

ということで、次に気なるのは「アルタイル(彦星・牽牛)」

(前回、間違えたから・・)

 

星田妙見宮は七夕伝説発祥の地と言われ、

 

しかも、星田妙見宮のある交野には天野川が流れてて。

 

それを見たらなんかピンときた!(笑)

 

 

 つづく