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47.草薙の剣盗難事件には、謎がいっぱい!① 天智天皇と天武天皇と新羅のつながり

【2019.4.9の記事】

 

こちらの記事の続きです。

 

 

stars-road.hatenablog.com

 

今日は、草薙の剣にまつわるお話しです。

 

最近、何度か、第4チャクラの熱田神宮の「開かずの門」が、

とうとう開くんじゃないだろうかと、ここ何か書いてきました。

 

 

ここでいう「開かずの門」とは、エネルギーの流れを妨げている目に見えない「何か」なのですが、熱田神宮には、実際に「開かずの門」と言われる「清雪(せいせつ)門」があります。

 

つまり、バーチャルな門と、リアルな門、両方が存在する。

 

ややこしいですねーw

 

 

 

 

↓清雪(せいせつ)門

 

清雪門が開かずの門と呼ばれるようになった理由は「草薙の剣盗難事件」。

 

新羅の僧「道行」が、草薙の剣を盗み出した際にこの門を通ったからだと言われている。

 

その後、2度と盗まれるようなことがないようにと閉じられ「開かずの門」と呼ばれるようになったとか。

 

そして、開けると不吉なことが起こるとも。。。

 

 

 

草薙の剣盗難事件

 

調べてみると、この事件、奥が深くって(汗)

 

でも、この奥深さの先に、大事なことが隠れているような気がするのです。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草薙の剣盗難事件には、諸説ある。

 

調べた限り見つかったのは4つ。

 

全てに共通しているのは、

 

668年天智天皇7年に、熱田神宮から僧「道行」により草薙の剣が持ち出され、

 

686年朱鳥元年に熱田神宮に戻された、

 

ということ。

 

そしておもしろいことに、盗まれた後の話しが各説少しずつ違う。

 

これは何を意味するのか・・・・・?

 

 

 

 

各説の中身はこんな感じ。

 

順番に並べてみます。

 

 

まず、王道の日本書紀から。

 

 

草薙剣盗難事件 - Wikipediaより抜粋<日本書紀の説>

 

沙門(僧の意)の道行草薙剣を盗み、新羅に向かって逃げた。

しかしその途中で風雨に遭ったため、道行は迷って帰ってきたという。

同書では道行の素性に関する記載はなく、その後の道行の経緯も記されていない。

草薙剣のその後については、事件18年後の朱鳥元年(686年)6月10日条に記述がある。

同条によると、天武天皇が病を得た際に占いで草薙剣による祟りだと見なされたため、

剣を尾張国熱田社(現・愛知県名古屋市熱田神宮)に送り置いたという。

 

 

 

道行は新羅に逃げたけど、悪天候で戻ってきた。

その後、どうなったんですかね。。気になるけど書いてない。

 

この話しは、天武天皇の病をきっかけに熱田神宮に剣が戻されたという点がポイント。

 

 

 

 

次に熱田神宮に伝わる縁記はどう書いているかというと・・

 

 

草薙剣盗難事件 - Wikipediaより抜粋<尾張国熱田太神宮縁記の説>

 

熱田神宮側の文献として、鎌倉時代初期頃の成立になる『尾張国熱田太神宮縁記』では、道行を新羅として説話を記載する。

道行は熱田社から神剣(草薙剣)を盗み出し本国に渡ろうとしたが、

伊勢国において神剣は独りでに抜け出して熱田社に還った。

道行は再び盗んで摂津国より出港したが、海難のため難波に漂着した。

道行は神剣を投げ捨て逃げようとしたが、神剣がどうにも身から離れず、

ついに自首して死罪に処せられたという。

そして朱鳥元年(686年)6月10日、天武天皇の病が神剣の祟りと見なされ、神剣は熱田社に移されたとしている。

 

 

 

道行は新羅の僧だと、書いてある。

 

ということは、新羅の僧が剣を盗んで、新羅に持って帰ろうとしたってことで、、

なんで剣が必要だったんでしょうね?そこは書いてない。

 

目立つのは、剣の霊力を示すような話しの数々。

 

伊勢から独りでに戻ったとか、体から離れなかったとか・・

道行が死罪になっている点も、剣の力を誇示しているように思えるなあ。

 

 

天武天皇の病きっかけで熱田神宮に戻されたのは、日本書紀と同じですね。

 

日本書紀と共通点もありつつ、より詳しいのが熱田太神宮縁記のイメージ。

 

 

 

 

 

そして、次の説。

 

こちらは、なんと!

 

先ほど死罪になったはずの道行が開基のお寺が愛知県の知多市にありました!

 

↓それがここ「法海寺」

 

 

こちらにも草薙の剣盗難事件について伝わっている話しがあり。。

これがかなり興味深いのです。

 

法海寺HPより抜粋

 

法海寺の開基は、新羅国明信王(しらぎのくにめいしんのう)の太子の道行法師といわれ、

由緒は「日本書紀」巻27の天智天皇7年の条につながっている。 

そこには、

「沙門道行、草薙劔を盗みて新羅に逃げ向く、而して中路に雨風にあいて、荒迷ひて歸る」

と道行の名前が登場している。

 

後世に編纂された寺伝の「薬王山法海寺儀軌」によれば、

この後、この沙門道行は帰国を断念し当地に堂宇をいとなんでいた。 

 

そして、天智天皇の御不例を当山御本尊に祈願して平癒した功によって、

「薬王山法海寺」の勅額と寺田280町歩を賜った。


時に、天智7(668)年、8月3日の創建とされ、以降、淳和(じゅんな)天皇に至る

13代の勅願寺として堂宇壮観、内外12院があったと伝えられている。

1300有余年の歴史を裏付ける有力な事象が、その信憑性を物語っている。

 

 

 

まず、道行の素性が、新羅の王子(太子)!驚き!!

 

王子が草薙の剣を盗んで、新羅に逃げたとな・・なぜ?

 

 

しかもその後、帰国を断念して、お堂(神仏を祀る建物)を営み、

天智天皇の病を平癒した褒美に寺を創ったと。

 

寺の開基は668年。草薙の剣が盗まれたのも668年。

この一致は何を意味するのか・・?

 

 

それに、天武天皇ではなく、天智天皇が出てきます。

 

 

天武天皇の病は治らなかったけど、天智天皇の病は治った。

この「違い」も何か意味がありそうな。

 

 

道行は罪を問われるどころか、褒美をもらい、寺を創っていた。

 

日本書紀や熱田太神宮縁記とは、真逆と言っていい内容です。

 

 

 

 

 

 

そして、最後は摂津国「阿遅速雄(あちはやを)神社」の縁記より。

 

熱田太神宮縁記に、道行が摂津国から逃げた下りがありますが、そことつながります。

 

 

↓大阪「阿遅速雄(あちはやを)神社」

*写真はWikipediaよりお借りしました。

 

 

阿遅速雄神社 - Wikipediaより抜粋

 

社伝によれば、祭神の阿遅鉏高日子根神は摂津国に降臨し土地を拓き、

民に農耕の業を授けたと伝わる。この地の守護神として祀られたという。

 

起源は、668年(天智天皇7年)に発生した草薙剣盗難事件の際、

新羅の僧・道行が草薙剣を持って船で新羅に逃げ帰る時、突然の嵐に巻き込まれ、これを神罰と恐れをなして、途中の河口に放り投げられ、

その後、草薙剣は里人により拾われ、この神社に一時納められたのが創始と伝わる。

そして、草薙剣は無事に熱田神宮に返還されたと伝わる。

 

現在も例祭日には熱田神宮より宮司神職が参拝、熱田神宮の例祭日には、当社の宮司などが参列する慣習が続いている。

 

 

道行が草薙の剣を放り投げた場所に由来してこの地域を「放出(はなてん)」

という説も。

 

先日、友人との会話の中で、難読地名「放出(はなてん)」のことを初めて知り・・

調べてみたら、草薙の剣とつながった!

 

こういうシンクロ、何かあるよねー。

このネタ、早よ書けということか(笑)

 

 

 

道行が嵐に遭遇する下りは、他の3説と同じ。

 

違うのは、この話しには天智天皇天武天皇も出てこなくて、

 

その代わりに、もともと祀られていた神様「阿遅鉏高日子根神(あぢすきたかひこね)」がいた場所に、草薙の剣が放り投げられて、草薙の剣も祀るようになったこと。

 

「阿遅鉏高日子根神(あぢすきたかひこね)」は別名「迦毛大御神(かものおおみかみ)」。

 

「迦毛大御神(かものおおみかみ)」は、古代氏族の賀茂氏が祀る神とされる。。

(賀茂大神とも)

 

 

新羅の僧と賀茂氏草薙剣のつながり。

これは何を意味するんだろう・・・?

 

 

それに、

 

阿遅速雄(あちはやを)神社の方には熱田神宮とのつながりが書いてあるけれど、

熱田神宮の方には記述はなし。

 

そもそも熱田太神宮縁記だと、草薙の剣は、道行の体から離れなかったとあるから、

放り投げられた後、一時的に「阿遅速雄(あちはやを)神社」に置かれていたという話しとは食い違うんだよなあ。

 

これも何か意味があるんだろうけど、今はよくわからんです。

 

 

 

 

 

 

こうしてみてくると、

 

草薙の剣が盗まれたことと、

 

新羅天智天皇天武天皇のつながり

 

 

が見えてくる。

 

 

 

天智天皇といえば中大兄皇子大化の改新

蘇我氏、飛鳥、大津京への遷宮・・・

 

 

それに、天武天皇が勝利した壬申の乱では、

尾張氏天武天皇大海人皇子)側で活躍したとされる。

 

尾張氏天武天皇のつながりかあ。

 

 

 

この辺り、ややこしいので、もう少し詳しく、時系列で見てみたいと思います。

 

つづく