Stars Road

北斗七星は、天と地と人をつなぐ

65.星探し、沖縄とのシンクロ③ 織田信長とたなばた神社、そして鬼武者

【2019.6.1の記事】

 

こちらの記事の続きです。

 

stars-road.hatenablog.com

 

星探しを始めた2017年の夏ごろから、ずーーっと気になっていた

「多奈波太(たなばた)神社」へ、先日とうとう参拝してきた。

 

 

愛知には七夕伝説に関係する場所が意外に多い。

 

ここ「多奈波太(たなばた)神社」もその1つ。

 

 

多奈波太(たなばた)神社の主祭神は、

天之多奈波太姫命(あめのたなばたひめのみこと)。

 

天之多奈波太姫命(あめのたなばたひめのみこと)は、

天棚機姫神(あめたなばたひめ)であり、織姫とされる。

 

つまり、織物の女神ということだ。

 

 

星探しの最初のころ、

地上の星「こと座のベガ」は、奈良県の「棚機神社」だと発見した。

stars-road.hatenablog.com

 

 

 

地図だと、この辺り↓

 

 

この「ベガ」を探すとき、七夕に関係する神社をいろいろと調べたんだよね。

 

そしたら、名古屋にも七夕伝説が残る場所があることや、

漢字は違うけど、同じ読み方の「多奈波太(たなばた)神社」があることを知ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

ずっと気になっていた「多奈波太(たなばた)神社」

なのに、なかなか行けず・・

 

先日、朝からどうしても「多奈波太(たなばた)神社」のことが頭から離れず

 

「これは、今日行けということか!?

よくわからんが、今日どうしても行かねばならん!!」

 

みたいな気持ちになって、思い切って行って見たら、

想像してたよりも、近くてビックリ!

地下鉄降りて、徒歩5分。近っ!

 

 

なんでもっと早く行かなかったんだろう?

自分で自分がわからない(笑)

 

 

まあ、今がタイミングだったんでしょうな。

そう思わざるを得ないような出来事が、あの日はたくさんありました。

 

 

念願の多奈波太(たなばた)神社参拝

 

名城公園から、名古屋能楽堂へ 

 

最後は「冨士浅間神社」名古屋には浅間町という地名がある。

 

 

最後の動画。

あの蛇に会いに行く日だったのかな?

 

浅間神社も行かなきゃいけないタイミングだったし、この日は盛りだくさん!

金龍復活プロジェクトの話しになっちゃうから、また別で書くけど、

この日は、すっごくおもしろい1日だったのです^ ^

 

 

 

 

 

こんな大事な「多奈波太(たなばた)神社」のことすっかり忘れてて。

 

でも、北斗七星探しの後半からやけに頻発した織田氏」「織田信長をきっかけに、思い出したんだよなあ。

 

まさか、織田信長と「多奈波太(たなばた)神社」がつながる??

 

まさかまさかと思って調べたら、

「多奈波太(たなばた)神社」は織田信長が焼き討ちした神社だとわかり・・

 

戦火による消失ではなく、焼き討ち、神社を!?

 

なにこれ、どういうこと・・・・

 

そして、この焼き討ちにより創建についてわかる物が残っていないのだそうな。

 

 

 

うーん、なんか変だよね、この話し。

 

織田信長はこの神社を、なぜ焼いてしまったのだろう?

 

去年末から、この疑問が消えなくなってしまったw

 

 

織田信長は、決して神社仏閣を軽んじているわけではない。

 

桶狭間の戦いに臨むときには、熱田神宮日置神社など戦場への道中にある複数の神社やお寺で戦勝祈願を行なっているし、勝ったあとはお礼として、松林や信長塀などを贈っている。

 

熱田神宮の信長塀は、桶狭間の戦勝のお礼

 

神社仏閣を信じ、敬い、信仰してたのだ。

 

なのに、「多奈波太(たなばた)神社」は燃やした・・・

 

すっごい不思議だし、こういうの気になる。

絶対、何かあるよね。なんだろう??

 

 

 

 

 

 

織田信長が攻めた神社仏閣は、他にもあって、例えば石山本願寺とか。

 

 

石山本願寺織田信長といえば、和田竜著の「村上海賊の娘」を思い出す。

 

 

今の大阪城のある場所にあった「石山本願寺(大阪本願寺)」と織田信長の戦いは石山合戦として知られる。

 

村上海賊の娘は、石山合戦が舞台の作品。

 

これ読むと、織田信長がものすごく石山本願寺にこだわっている感じが伝わってくる。

 

あの「場所」が、問題だったのかな?と思えるような描写で・・

 

 

 

 

 

かつて石山本願寺があり、今は大阪城がある場所は、上町台地の先端。

 

↓茶色いところが上町台地、周りはかつては海!

 大阪城の場所に石山本願寺があった

 

上町台地ってなんとなく、熱田台地と似てるんだよね。。

 

上下逆にした感じ、かな?

 

大阪城には神武天皇の時代、「生島神」「足島神」両神が祀られいて、

それが生國魂神社の始まりとされている。

 

 

「生島神」「足島神」は名前からして「十種神宝(とくさのかんだら)」と関係ありそうだし、やっぱり大阪城のあるあの「場所」が、何か重要なんじゃないだろうか・・

 

だから、織田信長も執拗に戦いを続けたのでは?

 

「十種神宝(とくさのかんだら)」とは次の10点の神宝のこと。

 

先代旧事本紀」でニギハヤヒが天降りの際、天神御祖(あまつかみみおや)から授けられた神宝とされている。

  • 沖津鏡(おきつかがみ)
  • 辺津鏡(へつかがみ)
  • 八握剣(やつかのつるぎ)
  • 生玉(いくたま)
  • 死返玉(まかるかへしのたま)
  • 足玉(たるたま)
  • 道返玉(ちかへしのたま)
  • 蛇比礼(おろちのひれ)
  • 蜂比礼(はちのひれ)
  • 品物之比礼(くさぐさのもののひれ)

 

生玉と足玉、生島神と足島神

 

こんな偶然ないでしょーよ。関係あるとしか思えない。

 

それにニギハヤヒに関係してるということは、物部氏とのつながりもあり・・

 

物部氏については「剣」とのつながりも気になっていたところ。

 

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この話し、今回のテーマからだいぶ横道ずれるんだけど、

どうしても気になるのでメモ代わりに書いておきます。

 

なんだろう?頭から離れない。

 

 

 

 

 

 

 

だいぶ回り道・・・っていつものことだけどw

 

ここから本題に戻ります。

 

 

 

北斗七星探しの後半、最後の最後で第2チャクラの場所が見つからなくて、すっごく悩んだ時期があった。

 

何も手がかりが見つからなくて、本当にもう諦めようかと・・

初めてくじけそうになってたとき、

 

なんかの拍子に鬼武者がプレステ4で発売されるニュースを見つけて

 

おお〜!ってなって(笑)

 

 

鬼武者は、ゲームが最後までクリアできない私が

エンディングにたどり着いた数少ない思い出のゲーム。

 

だいたい途中で飽きちゃって最後までやらないタイプなんだけど

このゲームはおもしろくて最後まで続いたのです。

 

見るとやりたくなるわー、うずうず(笑)

 

 

懐かしくて、どんなストーリーだったか確認してみたら、

これがなんと、「桶狭間の戦い」の話しだった!

 

www.capcom.co.jp

 

鬼武者 ストーリー概要

 

永禄三年(西暦1560年)、夏――。

天下統一を目指し、京の都へ向かって駿河を進発した今川義元の大軍は、
その日、尾張の国、田楽狭間に駐屯した。


だがそれが彼の運命を変えた。
 

わずか2000の手勢を連れた織田信長が今川の本陣を急襲したのだ。
世にいう桶狭間の戦いである。

その様子を、高台から見物していた一人の若者がいた。
明智左馬介秀満――。

 

歴史に名を連ねる武将たちの誘いも断り、気ままに旅をする左馬介は、
やがて本能寺で謀反を起こす明智光秀の甥であった。

 

それから一年後…。
 

美濃の国、斎藤義龍の居城・稲葉山城で、

兵や腰元が次々に消える奇怪な事件が起きていた。
不安におののく義龍の妹、雪姫から手紙を受け取った左馬介は、

稲葉山城へ駆けつけた。


無論この時、彼の腕にはまだ “鬼の篭手” はない。
鬼との出会い、そして幻魔との戦いが始まるのは、

まさにこの直後からであった――。

 

 

  

 

稲葉山城は、岐阜城のことですよ。。

第8チャクラ、金華山、金龍の場所。

 

こうしてみると、鬼武者のストーリーは、なんだか地上の北斗七星と接点が多い。

 

織田信長が、北斗七星を意識していたことの表れか、それともクリエイターの人たちが何かを汲み取って製作したのか・・興味深いですな。

 

 

 

鬼武者発売のニュースを見たとき、第2チャクラの場所を「はざま」のキーワードで探していて、

 

はざまと桶狭間

 

このキーワードで探せばいいんだ!間違ってない!と勇気付けられたよね。

 

 

で、この後、第2チャクラの場所探しはなんとか前に進んで行ったのです。

 

 

stars-road.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

実はこの時、星探しの記事に書いてないシンクロが続いていた。

 

 

鬼武者の主人公「左馬之介」は、金城武さんが声を担当している。

 

 

そして、同じ頃気になった、「多奈波太(たなばた)神社」は、

名古屋市の「金城」という場所にある。

 

 

 

あれ?また金城だ。

 

何かが心に引っかかった。

 

 

そういえば、お母さんも金城学院出身だし・・

金城学院は名古屋の私立学校)

 

名古屋港には、金城ふ頭という場所もある。

 

 

金城という地名に何かあるのかな・・・?

 

そう思って調べたら、沖縄の首里城の近くの「金城町石畳道」が出てきた。

 

↓沖縄金城町の石畳道

*写真はこちらからお借りしました。

 

金城町石畳道 銘文より抜粋

 

この石畳は、旧首里城守礼門南脇にあった石門(いしじょう)から

識名(しきな)、国場(こくば)、真玉橋(まだんばし)を経て南部へ至る

重要な道の一部だった。

 

首里の主要な道が石畳道に改造された16世紀のはじめ、

1522年(尚真王46)年ごろにこの石畳道は造られたと推定されている。

 

 

首里城から南へつながる石畳の道・・

なんか気になる。

 

それに、金城といえば、沖縄に多い苗字だ!

 

 

あれ?今度は「金城」で愛知と沖縄がつながった!

 

 

何が?と聞かれると表現するのが難しいんだけど、

この「金城」というキーワード、大事な気がするんだよなあ。

 

 

 

 

 

織田信長をきっかけに、なんとなくがつながってたどり着いた「金城」。

 

これで愛知と沖縄をつなぐキーワードは3つになった。

 

「サメ漁」と「琉球王」と「金城」

 

ここから、何が導き出されるのか?

 

何か分かるのでしょうか?

 

 

その答えは次で!

 

つづく